【Twitterとの付き合い方】私が一人もフォローしない理由【常識とは】

のくの日記

こんにちは、のくと申します。

 

私は細々ではありますが、Twitterを運営しております。しかし、プロフィールを見ればわかりますが私はそのアカウントでは誰もフォローしていません。

 

今回はTwitterのフォローを0人にしている理由とその意味についてお話ししたいと思います。

 

Twitterのフォローが0人な理由は主体的に生きるため

タイトルの通りですが、私がTwitterで誰もフォローしない理由は、主体的に生きるためです。

 

ただでさえ自分の軸とはなんぞやと悩んでしまうあまり主体的でない自分にとって、Twitterはとても脅威です。

 

「これを始めれば人生変わる」

「こんな幸せの在り方もある」

「なぜこれを始めないのか?」

 

など、Twitterの世界に少し足を踏み入れるだけで、世の中のごまんという人の成功体験を覗き見ることができます。

 

一方では、人生の選択肢が増えるようでとても有意義に感るものです。

しかしその一方で、忘れてはいけないことは、それはその人の人生であって自分の人生では全くないということです。

 

つまり、Twitterでそういう情報を見ることは、自分にはほとんどの影響を与えません。

 

井の中の蛙になってしまうのでは? 【遠くを見すぎ】

Twitterで誰もフォローしていないと、誰かから次のことを言われそうです。

 

「Twitterやってないと自分の殻に閉じこもっちゃって前進しないのではないか」

「井の中の蛙ではこれからの社会を生きていけないぞ」

 

しかし、私にとってこれらは今対処すべき問題ではないと思います。

確かに、Twitterの世界を半ば閉ざしてしまっていることは否定できませんが、しかしただTwitterに対して閉じているだけにすぎません。

 

私は、ブログやDTM、プログラミングといった今やりたいことがあります。

今やっているこれらを突き詰められた時には新しい何かを探してみても良いかもしれません。

今やるべきこと、やりたいことをやるために外へ開かないというのは、それらに集中するための有効な手段であると思います。

 

つまり、今を生きるためにはTwitterなど必要ないのです。

 

しかしそうはいっても、このブログの存在を知ってもらったり、自分の作った曲を聞いてもらったりするといった発信の行為においてTwitterはかなり効果的な存在です。

なのでフォローは0人ですが、引き続きTwitterは利用していきたいと思っています。

 

もしよかったらTwitterのフォローお願いします。

https://twitter.com/BlogNoku

 

常識とは何か【twitterの世界は広いが全てではない】

もう1つ、Twitterの注意したいことについてお話しします。

 

それは、常識とは何かというテーマです。

 

Twitterは確かに多くの人が利用しています。そして、多くの発言が投稿されています。

 

しかし、Twitterの世界が全てと勘違いしてしまいがちなので注意が必要です。

特に、チェックマークがつくような有名な方の発言が全て正しいと思ってしまうのは非常に危険です。

 

議論になるということは賛否両論、もしくは様々な意見があるということです。

「誰かがそういったから私もそう思う。」それでいい時ももちろんありますが、少なくとも一度は自分でその発言の意味を咀嚼し、考える必要があると思います。

 

最近(といっても少し前ですが)、私の周りで話題なのは愛知トリエンナーレで行われた「表現の不自由展」です。

 

私は、表現の不自由を表現することが目的の展覧会で、表現の不自由を芸術や文化と捉えることができる特殊でありながら価値のあるものだと思っています。

しかしTwitterでこの話題について調べてみると、実に多くの意見が飛び交っています。

おそらく、この議論に明確な答えや勝敗はありません。だからと言って議論が他得ることがないのは、何かしらの決着点を見出さないと同じことを繰り返してしまう可能性があるからだと思います。

こういった社会的なものはどのようにやるのが良いのか、そもそもやれるものなのか。それらの議論を放棄してしまえば、芸術や文化の進化を妨げてしまう可能性さえあります。

 

最も大事なことは自分がどう生きるか

 

これはあくまで一例ですが、このようにTwitterでは日々様々議論が繰り広げられています。

確かにそういった議論に興味を持ち参加するのは大事なことですが、それと同等以上に大事なことは、冒頭でもお話ししましたが自分がどう生きるかだと思います。

 

つまり、その議論に参加することは果たして今自分がしたいことなのかどうかは落ち着いて考えるべきだということです。

 

考えた上で、この議論に参加すべきだと結論を出したのならばそれは積極的に議論していくべきです。

しかし、もし、例えば暇つぶしであったり、気分で誰かに当たるような発言をしてしまうような議論や発言をするために参加しようとしていたのならば、もっと大事なことがあるのではないでしょうか。

 

私の場合、基本的にTwitterや世論で繰り広げられる議論は、片耳には入ってきますが、しかし私はそれよりもブログを書いたり音楽を作ったりプログラミングを身に付けたいと思っています。

 

なのでまずできることとしてTwitterのフォローを0人にしました。Twitterに図らずも消費してしまっていたエネルギーをより主体的な活動に割いていきたいと思います。

 

皆さんも、Twitterとの付き合い方について自分自身と議論してみるのはいかがでしょうか。

 

今回はこの辺りで終わります。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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