”今”を生きる理由を明確にしたい人へ

なぜ私たちは“今”を生きるのでしょうか?

 

実際問題として私たちは今しか生きることはできないのですが、多くの人は今を生きていないように私は思います。

 

私もその一人だから言えるのですが、

 

  • これは“今”やる必要はない
  • “後で”やろう
  • “いつか”やろう

 

そう言って、今やるべきことが見えていない人はかなり多いのではないかと思います。

 

ではなぜ、私たちは“今”やるべきことがわからないのでしょうか。

 

私はその原因を知り、今と大切にできる人になりたくてとある一冊の本を手にしました。

 

その中で、「終わりを思い描くことから始める」ということが重要であるという記述があります。

 

今やるべきことをその時々に決めるのではなく、今やるべきことは“終わりから逆算して”見出すというものです。

 

終わりを決めることで、私たちは進むべき方向を定めることができます。それはいわばコンパスのようなものであり、たとえ道中でどれだけ回り道をしても見失うことのない道しるべになります。

 

ではこのコンパスはどのように作れば良いのでしょうか。終わりを思い描くと言っても、終わりをどこに設定すれば良いのかわからないし、ましてやコンパスなど作れるような信念は持ち合わせていません。

 

しかし、この本ではそれについて具体的に解説されていました、

 

まずは、終わりを思い浮かべます。

そのために、とあるシチュエーションを想像してみます。どういう状況かというと、未来に行われる「自分の葬儀」です。

 

自分という存在が視覚的に周りの人々に見られることがなくなって、代わりに人々の記憶に残る存在へと変わります。

 

そして、その葬儀には、

  • 親族の代表
  • 友人の代表
  • 自分が活動してきた組織の代表

の3人がそれぞれ弔辞を述べていきます。

 

彼らは、どのような言葉で私を送ってくれるのでしょうか。

 

ここに、「終わりを思い描く」ヒントが隠されています。

彼らは、私の言動を長い間見てきました。私がどういう考えを持って、どのような行動を起こしてきたのかを見てきました。

 

彼らにはどのような言葉で送ってくれるのか。それは、私の生き方を全面的に反映するものとなってくるでしょう。ただし、親族と友人と組織では私の立ち位置や距離感は変わってくるので、それぞれ違った発言になってくると予想できます。

 

つまり、考えるべきは

  • 親族にはどのような人だったと言われたいか
  • 友人にはどのような人だったと言われたいか
  • 組織にはどのような人だったと言われたいか

 

ということになります。

これらを書き出してみることが終わりを思い描く第1歩となります。

 

私の場合は以下のような感じでしょうか。是非あなたもやってみてください。

  • 友人には、「気さくだけど誠実な人だった」と言われたい
  • 親族には「思いやりがあって面倒見の良い人だった」と言われたい
  • 組織には「自分だけでなく周りの人にも手を差し伸べて組織に大きく貢献した人だった」と言われたい

 

このようにして、自分の終わりを想像することができれば、それはやがて自分のコンパスとなっていくでしょう。

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